理をもって推しはかれば夜もまた明ける② 『水族館の殺人』

 ミステリ好きを名乗るならば、東西を問わず、雨後の筍のように現れる新刊たちを読み漁ってこそと思うのだが、筆者の怠慢ぶりは上野動物園に鎮座するパンダのごときである(否、彼らの方が存外、お前より働いている)。


 そのような生来であるから、次のミステリを選定する際は「本格ミステリ大賞」の候補作を参考にすることが多々あって、「なんとも流行思考なミステリ少年崩れめ。このトンチキ!」と指摘されれば口を永劫に閉ざす他ないのだけれど、でもやっぱりこういう文学賞の選考委員という人間は、筆者のうん十倍読書しているわけだから、選ばれた本たちはそれなりの面白さ“保証”されているわけで、それらを一定の基準にして以降の読書体験に反映させれば良いと個人的には思う。


 さて前置きが相変わらず長くなったが、今回紹介するのは、前述した本格ミステリ大賞の候補作にもあがったこちら!


青崎有吾『水族館の殺人』

初版2016年7月29日



 あまりこういう議論はしたくないのだけれど、この作品は「ライトノベル」なのか? あるいは「本格ミステリ」なのか? という指摘をまずしておきたい。

 なぜそのような話をするかというと、この作品の評価が分かれてしまう点が、そこに集約されているかと思うからだ。

 指摘の前に、文庫版のあらすじを引用しよう。


夏休み真っ直中の8月4日、風ヶ丘高校新聞部の面々は、取材先の丸美水族館で驚愕のシーンを目撃。サメが飼育員の男性に食いついている! 警察の捜査で浮かんだ容疑者は11人、しかもそれぞれに強固なアリバイが。袴田刑事は、しかたなく妹の柚乃に連絡を取った。あの駄目人間・裏染天馬を呼び出してもらうために。“若き平成のエラリー・クイーン”が、今度はアリバイ崩しに挑戦。


 本作品の探偵は裏染天馬という高校生である。あらすじにも「ダメ人間」とように、日常生活を“きちん”と送るには少々人間味が奇抜で、大方の予想通り、この探偵も変人なのである。

 現れる面々ももちろん高校生ばかりであり、謎に出くわし解決していくのも彼らなのだが、裏染しかり、それぞれのキャラクター性がいかんなく表現されている。

 そう。この作品の側面は、強いキャラクタに支えられている面があり、そこが「ライトノベルっぽい」という誹り(筆者はそれが誹りとは思えないが)に繋がるのだろうと思った。

 というか読み始めの時点では筆者も「本格かあ……」という大きすぎた期待を萎ませる感想を抱いたのだが、やはり筆者の頭に詰まっているのはマシュマロだったようで、著者の綿密なアリバイ工作とその綻び造りに脱帽しかできない。まるで1つの短編も書けない分際で偉そうなことを抜かす筆者は一度サメに骨の髄まで食われてその肝臓エキスとなって間接を患う老人どもの世話をして出直してこい。そんな気分……



 

 はっきりいえば「キャラクタ小説」なんていうのは日本を見渡せば神社より多いと思っているし、有栖川有栖しかり、島田荘司しかり、コナン・ドイルなんてキャラクタの宝庫じゃない!

 そんな『水族館の殺人』だが、筆者がこんなネットの隅でがいがい言わなくても、この「本格ミステリ大賞」がその証左をしているわけで、いっけんして軽いミステリかな? と思わせておいて、解決に導かれるまでのロジック造りは決して手が抜かれていない。ことさら「アリバイ」が主題となる作品は、その緻密さが出来を左右するため、難しい題材に正面から挑んだ正々堂々な印象も高評価だ。

 しかも死因がサメ! 怖い!!! シャチの次に怖い!!!!

 そして明らかになる犯人の動機に、あなたも水族館へ行きたくなる? 真夏におすすめな涼しいミステリー、あなたも体験してみては?

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