桃源鳥【前編】 LUNA series

 これは大仕事になるな、と砂まみれになっているビークルを見上げてオルトは思った。


***


 第十三セクター所属砂撃哨兵部隊は、その活動区域である荒野に点在するオアシスの一つに停泊をしていた。オルトが隊の長として、物資補給と束の間の休息を命じるためであった。

 第十三セクター所属砂撃哨兵部隊――オルトと他二名の隊員で構成される彼らは、仲間内からチーム:キャメル(camel)と呼ばれた。つまりラクダという意味だが、どうやらいろいろなジョークを重ねているらしい。灼熱の砂地防衛を任されることから、あるいはその寸胴なビークルの見た目から、もしくは隊員がそれぞれ曲者で“こぶ付き”だから……アジアのさらに東――ジパングという国では駄洒落というジョークが中年に流行っているとサクは言っていたが、うちもそれに影響されてるのか? 中には蔑視も込めた意味もあるのだろうが、オルトを含めて皆「言わせておけばいい」と思っていた。

 しかし、むしろオルトには「キャメル」という響きに親密さを覚え初めていて、つい先日正式に本部へチーム名として申請したのだった。

「冗談だろ?」訝し気に申請書を眺めた管理官はそう言った。

「瓢箪から駒が出る、とジパングでは言うんです」

「ヒョウ……なんだそりゃ?」

 本部ではいつもいい心地をしないのだが、その日、オルトは連中に鼻を明かした気分で機嫌が良かった。必ずといっていいほど部隊の財布が焦げ付いている月末に、ビールを買うことなどオルトは許さないが、貨物に三ダースのビールを積んで本部から戻ってきたときはヒルジにぎょっとされ、しかしすぐさま意味を図り隊長に向かって笑みを向けた。


***

 

「ティヒ、向こうにチェアを置いてくれるかい。あまり川に近づきすぎないでね」

「うん。分かった」

 真四角に畳まれたフィールドチェアを頭に掲げるティヒを見送り、改めてオルトは年老いた愛車を見上げた。愛車と言うが実際は車輪で駆動するのではなく、浮遊型貨物搭載ビークルである。

 積載量ぎりぎりの我がビークルは、正に荷物を背負ったラクダに見え(我がチームの由来の一つである)、塗装は頻繁に起こる礫の混じる烈風にさらされ当初の鈍く光るクリムゾンカラーは掠れてしまい、時に賊の凶弾を防いだ名誉の傷も少なくない。機体の至る所に砂粒が入り込んでしまい、作動の度に粒子がこすれる軋んだ音が響く。

 オルトはそんな彼女(これも馬鹿にされる一因だが、オルトはこのビークルをきっと女性だと思っている)のメンテナンスを欠かさない。

 が、チーム本来の機関士はヒルジであり知識も技術もまるで及ばないのである。しかし、オルトはヒルジとはまた別の視点で彼女を労わる。というのも、例えば浮遊スタータに詰まった砂を取り払うだとか、剥げ落ちた塗装を性懲りもなく塗りつぶすだとか、ヒルジにとってはまったくもって度し難い(無駄と切り捨てられるような)箇所をメンテナンスと呼んで率先しているのだった。

 チームを組んでからヒルジに何度嫌味を言われただろうか。「明日には元通りさ。こいつは剥げた姿が元なんだがな」「オルト、スタータは排砂装置が標準装備なんだよ。園児でもな、一回言ったら覚えるぞ!」「……もう勝手にしろ!」

 幾度なく本部に眠るモデルチェンジ版と交換させられそうになったが、ここぞというときに隊長権限を使って、隊員二人の反発をオルトは黙殺した。そうすると不思議なもので、いよいよ寿命を迎える年数でも息長く動くし、あのヒルジも根負けして「こいつで良かったかもな」と言うようになった。まあヒルジにとっては、自らが乗車する二輪式ビークルが最愛なのであるが。

 多分に漏れずオルトは今日も洗車に精を出す。

 オルトは汲み上げ式のポンプを腕に巻き付け畔まで行き、川の中流まで勢いよく投げ入れた。

「ティヒ、ポンプが川から顔を出したら教えてね」

 指示を聞き取ったティヒは頷き、再度チェアとテーブルの組み立てに戻った。昼食はティヒに任せたとして、お昼まで時間がありそうだ。

 オルトはビークルの電源を使いモーターを起動する。通電するとポンプは雷が落ちた蛇のようにしなり、しばらくして「ごうんごうん」と水を飲み込み始めた。オルトは手元で、ポンプから変換されたホースの先を握りこむ。

「さあやるか」

 細く噴き出した川の水が不意に虹を作った。

2コメント

  • 1000 / 1000

  • 七色最中

    2019.02.26 09:21

    @まるzombie身に余るお言葉とても嬉しいです! 続きを早くあげられるようがんばります……
  • まるzombie

    2019.02.26 02:46

    このシリーズの世界観めっちゃくちゃいいですねー スチームパンク感最高です