台に叩き置かれた瓶ビールとレモネードは、互いにぶつかり合ってかちんと鳴った。よほど冷えているようで、薄暗い店内でも冷気が瓶から漂っていた。あちこちでくゆらせる煙草の煙≪スモーク≫は、天井で渦を巻いて消えてゆく。
オルトらに酒を運んだサルーン≪西部特有の酒や食事を出す施設。入口のスウィングドアが特徴的≫の目じりに皺も寄ってきた女主人は、テーブルにちょこんと座している客に目ざとく反応した。
「ん? なんだいそのガキンチョは?」
「ああ。ジーラさんには初めて会わせるね。ティヒというんだ」
「女! ……まさか、オルト。あんたも隠し子を持つかい」
「はは、ジーラさん、この子はそんな可愛いもんじゃない。実をいうとティヒは向こうからやって来たんだ」
そう告げながらオルトは、人差し指と親指をぴんと伸ばして鉄砲をつくり、銃口を真上に向けた。芝居じみた動きで「バン」と手の平をゆする。
「あっはっは! あんたは本の読みすぎだよ」
冗談めかしたのはオルト自身だったが、彼はじっとジーラとの目線を外していなかった。ティヒを大きい街に連れ出したのは今回が初めてだった。敵対する月≪ルナ≫から降りてきた少女というだけで、この惑星≪ほし≫ではどういう扱いを受けるか想像に難くない。オルトらチーム:キャメルは、このティヒという少女について部外秘の取り決めを約束していた。
「気障だったかな?」
ジーラはオルトが部隊の長になる前から世話を焼いてくれていた人物だった。オルトが何かを隠すとき――それはカウンターに狙っている若い女がいるとき、隣国の諜報員にいっぱい喰わされた任務の内容、今すぐにでも頭に12.7x99mm NATO弾をぶち込みたい本部の連中の愚痴! ――そういう決して口には出せない生のワビサビを、オルトはこの店で何度もジョークで済ましてきた。若い頃、あまりにやるかたない時に泥酔してジーラにぶん殴られたこともあった。しかし、彼女はオルトのすべてを知らないが、すべてを知ったように何も聞かなかった。
面倒事に巻き込まれたくないだけかもしれない。すぐにでも荒くれ者が集まるコラルド河の繁華街だ。それでもオルトは、彼女が向けるその態度は宇宙を一周するような優しさなのだと思っていた。オルトは自分がそう思っていれば「それでいい」と変わらずに思っていた。
「ジーラさん、ごめんね。いつか必ずツケを払うから」一段低い声が出た。
テーブルにいた仲間たちも、二人のやり取りに固唾を飲んでいた。酒を目の前にしたヒルジでさえ、両手を組んで黙っていた。隊の長が本気をみせるとき、サクとヒルジは絶対に邪魔をしたことはなかった。
「……フン」
やれやれといったようにジーナは首を振った。そしてテーブルにうつむくティヒに視線を落とした。「嬢ちゃん」
「はい……」
不安げな眼差しが、モニュメントのように屈強なジーラに向けられた。オルトはジーラが一瞬口許を緩めたように見えた。
荒野に灼けた生命≪いのち≫漲る掌が、おもむろにティヒの赤髪をわしゃわしゃ撫でる。「オルト、ツケと言ったね。今日ツケられる覚えはないよ――初回の客にはサービスしてるのさ」
ごゆっくり、そう言うと騒がしいカウンターにジーラは去った。
ありがとう。その言葉はいつも彼女に伝えられずに僕は店を後にしてしまう、やっぱり今日もツケだとオルトは思った。
「よし、オルト。もういいだろ、乾杯だ!」息を吹き返したようにヒルジが大声を出す。
「……そうだね。ティヒ、瓶を持って。じゃあ――ティヒに乾杯」
いきなり名前を呼ばれた幸運の少女は、目を丸くして男たちの杯≪さかずき≫に瓶を合わせた。ありがとう、という幼い声はガラスがかちんと鳴らす音にかき消された。
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