裏口を抜けると、埃っぽい空気が鼻をくすぐった。夜はまだ町の賑わいを抱えていて、通りの向こうを見やればいくつものサルーンがネオンを光らせていた。アルコールで気が大きくなった男どもの声があちこちから聞こえてくる。
自ら出てきた扉を一瞥して喧騒とは反対の道へ歩みを進めたサクは、少女の声に呼び止められた。
「サク」
そこには何かを伺うような表情のティヒがいた。あの日、彼女が荒野にぽつねんと立っていた姿が脳裏に重なった。
「ティヒ——どうしてここにいる?」
「急にどこかへ行くから」
「だから、それでどうしてここにいるんだ。とにかくおれは行くところがあるから、隊長のところへ戻って」
それだけを告げ踵を返しかけたサクに、少女は懲りずに声を投げかけた。「隊長が」
「……なに?」
「オルト隊長がサクに付いていけって」
二人は同時に立ちすくみ、緊張の糸が両者の双眸を結び付けた。ダウンタウンにはびこるネオンサインのきらめきがティヒの頑なな瞳に吸い込まれていくようだった。妖しい赤みを帯びたそれは、じっとり熱を帯びたルビイのようにも見えて、熱い眼光はゆっくりとサクを貫いていった。
この眼はどこかで——
「サク、おねがい」
一瞬でも少女の視線にたじろいだ自分に驚きながら、幼いティヒから膠着を解かざるを得ないほど自らが殺気立っていることに気が付いた。大人げない。しかもおれはこのごろつきばかりがたむろしている場所に、ティヒを置き去りにしようとしたのか? ひとつ呼吸を整えれば、いちばん冴えたやり方は分かっている。
「わかった。わかったからそんな目で見るな。それから」
もう大丈夫だ、そう言って胸の前で固く重ねたティヒのこぶしに手をかけた。少女はとても緊張していたのだ。がらでもないことをしたのは分かっていたから、またぞんざいにサクはズボンに手を突っ込む。「迷子になるなよ」
「うん」サクのミリタリージャケットの肘をつまんでティヒは歩き出す。
やれやれ……と、サクはすでに倦怠感を覚えて、心中で自らの隊長をこき下ろす。いつもあいつは邪魔をしてくる。あげく、こんな得体の知れない子どもを抱え込んで、いったいなにを考えているのか。だが、それでも——あいつの“命令”であるならば従わないわけにはいかない。
やっぱり、おれは犬なのか。
赤髪の少女に目をくれると、なぜだか嬉しそうにちょこちょこ付いてくる。今日は子犬もいるのか、サクはそう思った。
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