ネオン街の路地を抜けた先は唐突に砂地が広がっていて、そこから数メーター離れただけで辺りは静寂に包まれた。
目の前に見える砂丘は下弦の月がほのかに照らしている。砂に刻まれた波状の横筋は月明かりによって陰影の段差を作り、先端まで続くそれはまるで天国への階段のように思えた。踏みしめる砂たちが沈黙を破らんとするのみで、サクとティヒは無言で歩いた。
砂丘の頂上まで来るとティヒは辺りを見回した。漆黒の荒野が広がっている中に隊長たちのいる街が見える。その光景は、暗闇の巨人が仄明るい揺りかごを抱きかかえているようで、ティヒは未知の巨像に対する不気味さを覚えた。
「サク……早く行こう」
「ああ」
サクの足取りに付いていくと、頂上から見下ろした僅か先にビークル程の岩石が転がっていた。近づいていくと大人が屈んで入れるくらいの洞穴が空いていて、サクはそこからぐるりと岩壁を一周し安全を確認してから言った。「着いた」
あてもないそぞろ歩きと思っていたティヒにとっては朗報だった。が、いそいそと穴に入って腰を下ろそうとした矢先「待て」と、サクの鋭い指示が飛んできたので彼女はその場でぴたっと固まる。こんなにも従順だとまるで自分が犬になったみたいだと、少しおかしな気持ちもした。
「昼じっとしていたやつらが今から動き出すんだ」
「え?」
「サソリとかトカゲが、こういうところにたくさんいる」
「わ、本当に?!」
片足を上げて身をすくませるティヒを尻目に、サクはまずタクティカルポーチから簡易着火剤に火を付け、洞穴の中央に黒々と残っている焚火跡に投げ入れる。くべられていた残りの枯れ草に炎が移り、やがて岩肌がちりちりと暖色に照らし出された。サクの話を聞いていたからか、砂塵に潜んで獲物を狙っていた小動物たちが一斉に逃げ出したようにも感じる。
次にサクは厚手のフィールドシートを広げ、窮屈そうに穴の奥へ丁寧に敷いた。「これでいい」
ティヒは彼の目くばせを受けて、そろそろとシートに座った。
しばらく膝を抱えて小さな火を見つめていると、たった今まで身体に巻き付いていた緊張の糸がみるみる弛緩し、跡形もなく焼け焦げて灰に消えたように思えた。ここが砂漠のただ中であることを忘れるくらいの安堵感がティヒを満たしていく。
「寒くないか」
「うん、大丈夫」
「そうか」
それだけ訊かれるとサクもただ黙して火を見ていた。いつも物憂げな彼は焚火がよく似合っている。爆ぜる小枝を見つめる細めた目には、隠し切れないやさしい光を宿していた。と同時に、その瞳は今ここじゃない過去を見ているようで、ティヒは隊でいちばん物静かな隊員のことをとても知りたくなった。
「ねえサク」
「なんだ」
「サクはどうしてこの隊に入ったの?」
訊かれると思ってもいない内容だったのかサクはついとこちらに目を向けたが、ティヒの顔を見るとどこか観念した表情になり、その頑なだった口元は導かれるように彼の過去をなぞり始めた。
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